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ブックレビューの最近のブログ記事

坂井孝一: 承久の乱

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1219年、鎌倉幕府三代将軍・源実朝が暗殺された。

朝廷との協調に努めた実朝の死により公武関係は動揺。

二年後、承久の乱が勃発する。

朝廷に君臨する後鳥羽上皇が、執権北条義時を討つべく兵を挙げたのだ。

だが、義時の嫡男泰時率いる幕府の大軍は京都へ攻め上り、朝廷方の軍勢を圧倒。

後鳥羽ら三上皇は流罪となり、六波羅探題が設置された。

 

2018念12月25日 発行

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司馬遼太郎: 竜馬がゆく(五)

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池田屋ノ変、蛤御門ノ変と血なまぐさい事件が続き、時勢は急速に緊迫する。

しかし幕府の屋台骨はゆるんだようには見えない。

まだ時期が早すぎるのだ--------次々に死んでゆく同志を想い、竜馬は暗涙にむせんだ。

竜馬も窮迫した。

心血を注いだ神戸海軍塾が幕府の手で解散させられてしまい、かれの壮大な計画も無に帰してしまった。

 

1998年10月10日 新装版第1刷
2018念3月25日 第28刷

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司馬遼太郎: 竜馬がゆく(四)

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志士たちで船体を操り、大いに交易をやり、時いたらば倒幕のための海軍にする-------

竜馬の志士活動の発想は奇異であり、ホラ吹きといわれた。

世の中はそんな竜馬の迂遠さを嘲うように騒然としている。

反動の時代------長州の没落、薩摩の保守化、土佐の勤王政権も瓦解した。

が、竜馬はついに一隻の軍艦を手に入れたのであった。

 

1998年9月10日 新装版第1刷
2018念3月25日 第29刷

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司馬遼太郎: 翔ぶが如く(一)

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明治維新とともに出発した新しい政府は、内外に深刻な問題を抱え絶えず分裂の危機を孕んでいた。

明治六年、長い間くすぶり続けていた不満が爆発した。

西郷隆盛が主唱した「征韓論」は、国の存亡を賭けた抗争にまで沸騰してゆく。

征韓論から、西南戦争の週末まで新生日本を根底からゆさぶった、激動の時代を描く。

 

2002年2月10日 新装版第1刷
2017年9月30日 第19刷

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司馬遼太郎: 竜馬がゆく(三)

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浪人となった竜馬は、幕府の要職にある勝海舟と運命的な出会いをする。

勝との触れ合いによって、かれはどの勤王の志士ともちがう独自の道を歩み始めた。

生麦事件など攘夷熱の高まる中で、竜馬は逆に日本は開国して、

海外と交易しなければならない、とひそかに考える。

そのためにこそ幕府を倒さなければならないのだ、とも。

 

1998年9月10日 新装版第1刷
2018念11月5日 第30刷

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司馬遼太郎: 竜馬がゆく(二)

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黒船の出現以来、猛然と涌き上がってきた勤王・攘夷の勢力と、

巻き返しを図る幕府との抗争は次第に激化してきた。

先進の薩摩、長州に遅れまいと、固陋な土佐藩でクーデターを起し、

藩ぐるみ勤王化して天下へ押しだそうとする武市半平太のやり方に、

限界を感じた坂本竜馬は、さらに大きな飛躍を求めて、ついに脱藩を決意した。

 

1998年9月10日 新装版第1刷
2018年6月25日 第31刷

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司馬遼太郎: 竜馬がゆく(一)

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「薩長連合、大政奉還、あれァ、ぜんぶ竜馬ひとりがやったことさ」と、勝海舟はいった。

坂本竜馬は幕末維新の史上の奇蹟といわれる。

かれは土佐の郷士の次男坊にすぎず、

しかも浪人の身でありながらこの大混乱期に卓抜した仕事をなしえた。

 

1998年9月10日 新装版第1刷
2015年7月15日 第39刷

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呉座勇一: 応仁の乱

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室町後期、諸大名が東西両軍に分かれね京都市街を主戦場として戦った応仁の乱(1467~77)。

細川勝元、山名宗全という時の実力者の対立に、

将軍後継問題や管領家畠山・斯波両氏の家督争いが絡んで起きたとされる。

戦国乱世の序曲とも評されるがね高い知名度とは対照的に、実態は十分知られていない。

いかなる原因で勃発し、どう終結に至ったのか。なぜあれほど長期化したのか------。

 

2016年10月25日 初版

2018年1月25日 33版

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保阪正康: 昭和の怪物 七つの謎

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第一章 東條英機は何に脅えていたのか

第二章 石原莞爾は東條暗殺計画を知っていたのか

第三章 石原莞爾の「世界最終戦争論」とは何だったのか

第四章 犬養毅は襲撃の影を見抜いていたのか

第五章 渡辺和子は死ぬまで誰を許さなかったのか

第六章 瀬島龍三は史実をどう改竄したのか

第七章 吉田茂はなぜ護憲にこだわったのか

 

2018年7月20日 第1刷発行

2018年8月1日 第1刷発行

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司馬遼太郎: 燃えよ剣(下)

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元治元年6月の池田屋事件以来、京都に地の雨が降るところ、

必ず土方歳三の振るう大業物和泉守可兼定があった。

やがて鳥羽伏見の戦いが始まり、薩長の大砲に白刃でいどんだ新選組は無残に敗れ、

朝敵となって江戸へ逃げのびる。しかし、剣に憑かれた歳三は、

剣に導かれるように会津若松へ、函館五稜郭へと戊辰の戦場を血で染めてゆく。

 

昭和47年6月15日 発行

平成30年7月15日 113刷

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